鶴澤寛治

人間国宝という冠が付いているが、それに惹かれたわけではない。
他の三味線弾きの人は、力が入りすぎていて
迫力があると言うと、そうかもしれないが
力が抜けきった状態で正確に美しい音を出せるのはこの人だけである。
(こう書くと迫力のある音がきらいなのかと思われそうだが、
そっちも好き)
この人のすばらしいのは、それだけでなく、三味線だけで語れるのだ。
弾き始めた三味線の音色に聞き惚れていると
自分が文楽を見に来たことなど忘れてしまった。
そのうちに、すっと畳敷きの大広間に連れて行かれてしまった。
ただの大広間ではない、これから、切腹が始まるのだ。
はっとして舞台を見ると、忠臣蔵切腹の段。
三味線一挺で、単純な旋律で、ここまでされてしまった。
この人は本当にすごい。