悪人正機

この言葉、ネットで検索してみたところ、とてもおもしろい。
親鸞上人の弟子が書いた歎異抄に書かれているとのこと。
自分なりに解釈してみると、次の通り。
お肉の大好きな人がいるとしましょう。
今日の晩ご飯のお肉は自分以外の命を絶って食卓に並んでいます。
このことを知っている人と、知らない人では、どちらがえらい(?)でしょうか?
尊い命を奪っていることに、後ろめたさを感じませんか?
このこと感じている人と、感じていない人では、どちらがえらい(?)でしょうか?
自分自身に矛盾を感じながらも、自分の悪い部分と対峙していく人は、
何も知らず、何も感じない人よりは、正しく思えます。